私たちは「ほどほどに」という言葉をよく使います。「ほどほどにしなさい」「ほどほどにしておいた方がいい」「ほどほどにしなきゃ」など自他のアクションを制限する言葉であるにもかかわらず、その通りだと思っています。

何事も行き過ぎることは弊害を招くことになるからほどほどにすることが正しいと信じているからです。「ほどほど」をわきまえている人は大きなミスも犯さないだろうし間違いなく理性的。

しかし「ほどほど」の暗示が骨までしみ込んでしまった人の人生はどこまで行っても「ほどほど」でしかないのです。私たちはほどほどに生きるために生まれてきたのでしょうか。せっかくの人生がほどほどで終わってしまっていいのですか?

私は「ほどほど」じゃなくていいと思っています。特に若い皆さんは恐れることなく何事も徹底してやり抜く人生を歩んだほうがいい。頭をぶつけることになたってかまわないじゃないですか。痛くてうずくまるだろうけど「おっと、ここが限界の壁だったんだな」と自分の体験を通して知ることができますからね。

恋愛だって同様。破局を迎え傷つくことになるのを怖れてほどほどにしていませんか?ほどほどではなく命がけで愛するべきなんです。

先ほど一本の透明の長いパイプの中をピンポン玉のような球体のエネルギーが左右にぶれて跳ね返りながら上昇して行く光景が見えました。

壁にぶつかることで反対方向へ跳ね返され、更に反対側の壁にぶつかり跳ね返されることになる。でもそうしたアクションンを繰り返しながらながらアクティブに上昇して行くのです。

少しも不自然ではありません。むしろ壁にぶつからないようにおどおどとへっぴり腰で登っていくほうが不自然。壁にぶつかりダメージを食らうかもしれないけど、ぶつかることでしっかりと反動のエネルギーが生じるのです。

あなたがほどほどに生きるのは歳とって身体が動かなくなってからです。イヤでもほどほどに生きなきゃならなくなりますからね。

私たちは失敗を怖れ無風の中で無難に生きるために生まれて来たのではありません。ブレーキを踏み続けながらアクセルを吹かすみたいな人生なんてつまらない。やると決めたなら頭を打つことになるまで徹底してやり遂げてみませんか?


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