ミャンマーは仏教国ですが人々は日本人と同じように神様にお祈りもする。大きな木や岩、森や山には神様が宿るという考えられており、大きな木の下などには祠があって線香やロウソクをあげてお祈りされるそうです。私たちと同じようにお祈りするのだけど、お祈りの最後には「神様も幸せでありますように。」と唱えるそうです。ユニークですね。

自分たちの願いやおねだりを一方的にするのではなく、「神様も幸せでいてくださいね。」みたいな心遣いが素敵です。私たちがお参りに行く神社で神様の幸せをお祈りしている人はまず居ないのではないでしょうか。日本人の発想には無い良い習慣だと思いました。

ブログで何度か書きました慈悲の瞑想では「私が幸せでありますように。」「私の親しい人々が幸せでありますように。」「私の嫌いな人や、私を嫌う人も幸せでありますように。」「全ての人々が幸せでありますように。」と祈ります。ここでは「私が幸せでありますように。」とまず自分のことを最初に祈るのが特徴ですが、全ての人々の幸せに対してのお祈りも手抜きしません。

最初は半信半疑だし面倒くさいし、嫌いな人のために祈るのは特に気が進まないでしょうけど、無心になって繰り返し慣れてくると祈った後、お風呂に入ったり歯磨きをしたりした後のような爽快感を感じます。

新年の初詣の時にはぜひ試してみようと思っています。「私が幸せでありますように。全ての人々が幸せでありますように。神様も幸せでありますように。」

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