人から質問を受けた時に、その質問が漠然としたものだったら、どういう風に答えたらよいのか返答に困る時があります。しかし、的を絞った質問なら答えやすい。例えば「Aさんについて答えてごらん。」みたいな漠然とした質問には何処の部分をどう答えようか迷うけど、「Aさんは、虫歯の治療の為に歯医者に行くべきか?」みたいな具体的に的を絞った問いには答えやすいものです。
内気でなかなか自分から口を開かないタイプの人に「あなたの意見を語ってください。」と言ったってうつむいたまま黙っているだけで答えは返ってきません。答えやすいように質問の仕方を変えなくてはなりません。まずはイエス・ノーで答えることの出来る質問をする。「最近、映画をごらんになりましたか?」みたいな。その後、徐々に映画の内容について根気よく質問して行きますと、思いがけない意見を聞くこともできます。
自分のハイセルフから答えを受け取りたい場合も、「私は自分がどうすればいいのか何もわかりません。何でもいいからメッセージを語ってください。」ではなく、出来る限り具体的な問いかけをする必要があります。「私は、心に描いている新しいチャレンジを直ちに明日から開始すべきでしょうか?」といった明確な質問を心に描きます。
気脈診のワークショップで気のエネルギーを感じ取る練習をする時、対象によってはなんとなくぼんやりしていて、はっきりとわからないときがあります。それならそれでOKなんですよ。エネルギーがぼんやりしていてはっきりとわからないということを判ったのです。ここで「何もわからない。」「私はダメだ。」などと諦めてはいけません。自分の能力を否定し、ダメ人間の烙印を押して、せっかく開きかけていた心まで閉ざして、そこですべてが終わってしまいます。
もし、調子を崩してしまって、エネルギーが何もわからない状態が続く場合は、自分の中のアンテナのスイッチを簡単モードに切り替えてみる方法があります。受け取った感覚が心地良い感じなのか不快な感じか、または、そのエネルギーを身体ですんなり受け入れることが出来るものか拒絶感があるのか、みたいな二者択一を行うのです。これならきっとうまく行くはず。工夫次第でいくらでも道は開けます。
答えが出ないときは、もっと具体的な質問に変えてみれば良かったんですね。どうして何も返ってこないんだろう、と勝手に思ってしまうことが多かったのですが、このご指摘にはっとさせられました。
それから、私の中にはすぐ白か黒か決めたがるような自分がいて、「はっきりとわからないということを判った」と考える代わりに、(私の中の)一つがダメなら(私の)すべてがダメ、と結論を急いでしまう傾向があるので、反省しました。
工夫次第で道は開ける・・・今日も気づきをありがとうございました。