明日香天翔の気脈診

気は脈打ち、自らその存在を知らしめるなり

2021年04月

「為すすべが無い」と言い訳をして立ち尽くすのは止めましょう。為すすべが無いのではなく、立ち尽くしているから為すすべに気付かないだけなのです

為すすべなくいつまでもその場に立ち尽くす人がいます。私にも経験があります。なぜ為すすべが無いのだと思いますか?運命の神様に見放され人生の流れにストップをかけられているから?

今朝の気脈メッセージによりますと「いつまでも立ち尽くしているから為すすべが無いのだ」とのことです。つまり、立ち尽くすことを止め動き出したなら何とかなるのです。

今立ち尽くしている位置から、陽の差す位置へと移動してみましょう。今まで気づくことの無かった二つの方向性の存在に気づくことになるらしい。そこでどうすべきかまでは語られていないけど、少なくとも為すすべはあるのです。

「為すすべが無い」と言い訳をして立ち尽くすのは止めましょう。後になって思い起こしたならバカみたいに思えます。為すすべが無いのではなく、立ち尽くしているから為すすべに気付かず、せっかくの人生の流れが遮断れているのです。

今自分が八方塞がりの中に居ると感じる人の多くは、不運に見舞われたのかもしれないが、更に自分で自分のエネルギーの流れを塞いでいるケースがほとんどなのです

暗い顔をして「生きていても何もいいことが無いし、しんどい毎日が続くばかり。こんな私には夢も希望も無いんですよ」と語る人がいます。お話を聞いている限りでは正に八方塞がりって感じです。

でもそう語る人の身体全体のエネルギーの動きを見てみると、八歩塞がりの内のいくつかは自ら自分で蓋をして押さえつけて塞いでいるのです。ハートに蓋をしてしまっている人が散見されますが、その多くが日々の生活の中でときめきを感じなくなってしまっている。これってスルーされやすいんだけど本人とっては大きな損失なんです。

しんどい毎日を過ごしているけど夢と希望を持つ人の表情は明るいのです。毎日を辛いと考えることはまずありません。それに対してしんどい毎日が続き夢も希望も無いって人の表情はどうしても暗くなってしまう。無理に笑おうとしてもその笑顔はどこか不自然に見えます。

ときめくことが無くなるのは老化現象だから仕方がないと思う人もいるだろうけど、ハートを閉ざすことが無ければ、何歳になっても若い頃のように普通にときめくことが可能です。そうした人とお話ししていると快適なハートのバイブレーションが伝わって来るのでこちらも楽しくなります。

「ふん!バカらしい・・。そんなつまらないことで私の心がときめくわけないだろ」と思う場面に出くわしたとしましょう。つまらないからハートが反応しないのではなく、ハートを抑え込み閉ざしてしまっているから、ハートが軽やかに反応したりときめいたりすることが出来ないのです。

今自分が八方塞がりの中に居ると感じる人の多くは、不運に見舞われたのかもしれないが、更に自分で自分のエネルギーの流れを塞いでいるケースがほとんどです。その事実に気付いたなら、色んな改善策が考えられるはずです。

先ずは八方塞がりの状態を七方塞がりくらいにまで改善してみましょう。ただそれだけですごく楽になるのが分かります。閉ざしているものを開くだけでも構いません。それも難しいのなら、完全に拒絶していた自分の姿勢を少し緩和してみることくらいならきっと出来るはず。

ときめくことの出来るハートを取り戻し、ハートのあたりに夢や希望が現れたなら後は流れに任せればいい。もう何の心配も無いのです。

妥協でしかない毎日の繰り返しに「これは違う!」と判断したなら、卒業を考えてみてはどうでしょう。直ぐに新しい理想の生き方が見つからなくても構わないのです

多くの場合、私たちは過去に決めた自分の生き方に沿って人生を歩んできだろうたし、これからも、その延長線上に存在する道をそのまま進んで行こうとしているはずです。

しかし、ふとした拍子に心の奥でもう一人の自分が叫ぶんです。「本当にこのままでいいの?何か違う気がするんだけど・・・。」。

で、あたりを見回し、「私の生き方ってどうなんだろう?」と他と比較してみたり、「もっと素敵な生き方ってあるんだろうか?」と可能性を模索してみたりするんです。

一瞬ハッ!とするものに目が向かうことはあるものの長続きしないし、自分の心が大きく動くほどのインパクトには欠けている。そこで再び元の毎日に戻るんだけど、「今まで通り生きるしか仕方ないんだよ」と自分で自分を説得することになります。

妥協して生きるという体験も人生の中での学びの一つとしては必要です。しかし、生涯妥協して生き続けるとなると、それは私たちの魂が思い描く意図とは異なるのです。

若い頃、尊敬する人生の大先輩がいました。閃きと度胸があり仕事も順調にこなし、苦境を乗り越え人もうらやむ何不自由も無い立場になりましたが、晩年、二人で話をしている時に「何のためにジタバタ生きて来たんだろう。生きていても少しも面白くない。あーあ、こんなはずじゃなかった・・・。」と深いため息をついたのです。

私が期待していたのは、晩年を迎えた人が自分の人生を振り返り「あー、面白かった」と笑顔で語る光景。この人生の先輩の生き方にはどこか間違いがあったのでしょう。苦労して得たはずの地位や名誉や財産はあまり意味を持たなかったのです。

話を元に戻しますが、今の生き方には満足していないけど、だからと言って他に素敵な生き方があるわけでもなく妥協して生きなきゃならない場合はどうすればいいのでしょう?

リスクを冒してまで生き方を変えるつもりはないという人は、そのままでいいと思います。無理してチャレンジをして失敗した時に「あーあ、だから私は最初からチャレンジなんてしたくなかったんだよ」と、失敗を他人のせいにしたり責任から逃れようとするのが関の山ですからね。

しかし、最後まで妥協して生き続けるなんて真っ平だと思う人は、果敢に立ち上がり、転んでも立ち上がりながら自分に相応しい生き方を目指し歩むべきなのです。

三拍子そろった理想の生き方に一気にたどり着くことはありません。何かが欠けているのは望むところなんです。大切なのはときめきの心を持って前進できること。たとえすべてが満たされていなくても生きがいやりがいを感じることが出来ることなんです。

妥協でしかない毎日の繰り返しに「これは違う!」と判断したなら、卒業を考えてみてはどうでしょう。直ぐに新しい生き方が見つからなくても構わない。ときめきの未来は卒業後に構築していくのです。

やるべきことはきちんとやるが、やらなくていいことはしなくていいのです。他人からの進言は聞くが、もしそれが余計なお世話や押し付けならキッパリお断りする姿勢を貫きましょう

今朝は目の前の空間に半月型のエネルギーがくっきりと現れています。これは重要なことを見極め絞り込む姿勢が必要であることを示すと同時に、余計なお世話や押し付けはお断りしますという毅然とした姿勢を表現しています。

この半月型のエネルギーが鏡に写った今の自分自身なのだと思ってください。やるべきことはきちんとやるが、やらなくていいことはしなくていいのです。他人からの進言は聞くが、もしそれが余計なお世話や押し付けならキッパリお断りする姿勢を貫きましょう。

こうした姿勢は、場合によっては対人関係で摩擦を生み出すことになるかもしれませんが、もしそれそのことが原因で縁が切れたなら、むしろそうなった方がよかったのです。

人目を気にして無理をしてまでいい人を装うよりも、イエス・ノーを明確に意思表示できる正直な自分でいた方がいい。そこで意気投合できる素敵な出会いが新たに訪れるでしょうし、今まで惰性で繋がっていた不要な人間関係はスッキリと整理できるのです。

人の振りを見て「わぁ、いいな、素敵だな」と思うことになります。でもその気持ちは次第にトーンダウンし希薄になっていくことでしょう。あなたにはあなたの生き方があるんです!

「人の振り見て我が振り直せ」ということわざがあります。これはマズいなと思ってしまう人の態度や言動。客観的な視点から見ますから結構リアルに伝わって来ます。「あー、私は絶対にしないでおこう」と胸に刻む時があります。

今朝の気脈メッセージは「人の振り見て我が振り見直せ」です。冒頭のことわざと似ているけど内容は異なります。直すんじゃなくて見直すのです。

ここで言う「見直す」は欠点に目を向け改善すると言うことでは無くて、 それまで大して評価していなかった自分の生き方や考え方、そしてこれから進み行く方向性の価値に気づき勇気と自信を取り戻すことなんです。

人の振りを見て「わぁ、いいな、素敵だな」と思うことになるでしょう。でも次第にその気持ちはトーンダウンし希薄になって行く。と同時にふと自分のこの先の生き方に目を移すと決して捨てたものじゃないことに気付くんです。

「あの人にはあの人の生き方があるが、私には私にしかできない私らしい生き方があるんだ」と勇気と自信を取り戻すことになりそうです。そう思えるのは、「他人と比較して形だけの優劣をつけるのはもううんざり。自分の価値観に沿った生き方を貫くことにこそ自分の生きる意味がある」という思いが心の奥に根ざしているからなのです。

自分を大切にすべきなのですが、あまりにも自分の思いにこだわることで自ら制限を作り出してしまう。限定された枠の中だけで生きて行く人生は私たちの魂の意図とは食い違うのです

しっかりと自分を見つめ、良い部分も至らぬ部分も持ち合わせている自分自身を広い心で受け入れる姿勢は大切です。しかし今朝の気脈メッセージは「自分を切り離し、はるか遠くに視線を移してごらん」と語っています。

ビジョンとして現れているのは、本人を離れて左側にスーッと二つに分けれ流れる光のライン。やがて自分に近い方の光のラインは輝きが薄れ消滅していくが、更に離れた方向に伸びるもう一方の光のラインは明るくアクティブに輝く光景です。

この光景が語っているのは自分という拘束を切り離すことが出来たなら、今まで作っていた制限の外側に向けて心惹かれる二つの方向が現れることになる。その内の一つは時間の経過と共に輝きを失うが、最後まで輝き続ける方向にしっかりと目を向けてごらんってことなんです。

キーワードは「自分を切り離す」と「自分から離れた遠く」となります。地球の重力から離れ宇宙へと飛び出していく宇宙船を連想します。

今朝のメッセージをもっとシンプルに表現するなら、「あなたの求めるものは、あなたが想定する枠の内側には存在しないんだよ」と言うことなのでしょう。自分の身の回りであるとか自分の認識している世界って広々としているように見えていても意外に狭苦しくて限定だらけなのかもしれませんね。

自分を大切にすべきなのですが、あまりにも自分の思いにこだわることで自ら制限を作り出してしまう。限定された枠の中だけで生きて行く人生は私たちの魂の意図とは食い違うのです。

運命の転換は小さな行動から!今朝のメッセージは「心惹かれるものに関心を向けること。やってみたいと思ったことに挑戦してみること。素直な自分の気持ちを否定してはいけない」

今朝の気脈メッセージは「心惹かれるものに関心を向けること。やってみたいと思ったことに挑戦してみること。素直な自分の気持ちを否定してはいけない」です。

「ふん!そんなことできたら苦労しないよ」と思った人もいたことでしょう。その通りかもしれない。しかしそう思ったことが正に自己否定なんです。自己否定する時には、自己否定を正論化する為のもっともらしい理由が必ずあるはずです。

「心惹かれるものに関心を向けること。やってみたいと思ったことに挑戦してみること」 私たちがまだ幼児だった頃、心の赴くままに当たり前のようにそうしていたはずです。しかし、親や社会から否定され、他人の価値観を押し付けられ「無難なことに関心を持ち、無難に行動することが正しいんだ」という思い変わって行ったのです。

今朝のメッセージは、素直な自分の気持ちを否定せず心の赴くままに過ごすススメです。そうすることで今まで考えたことも無かった新しい生き方があることに気付くそうです。勘違いしないように申し添えますと、心の赴くままに関心を持つこととかやってみたいことをすることが必ずしも新しい人生という訳ではなく、それらは自分の殻を打ち破るためのきっかけなんです。

自分の殻を打ち破ることで新しい価値観と新しい可能性が生まれることになる。そこで誕生する私たちの生命力が今までとは異なる生き方へと繋がって行くのです。

初志貫徹を貫く生き方がもてはやされた時代がありました。しかし、スタート地点では自分を遮る扉の向こう側までは見渡せていません。人生半ばにして未来への扉が開く時もあるのです。そこで初めて見えることになるフレッシュな景色の奥へと更に進んで行くには、ずいぶん昔に志した「初志」はもう化石化していて何の意味も持たないのです。

いくら考えても答えが分からない時、しばらく考えることを止めて自分音ハートの声に耳を傾けてみましょう。

難しい知識は不要です。例えば、心を静めこのまま進み行くことやその際の自分の姿に意識を合わせ、静かに深呼吸をします。そこで胸の当たりの感覚に意識を向けてみますと、何らかの感覚が発生しているはずです。

そのハートに生じる体感が心地良いと感じたなら「Yes!」。鉛を飲み込んだように重苦しいとか痛みがあると言った場合は「No!」と語っているのです。最初は全てが正解とまでは行きませんが、慣れますと極めて高い確率で信頼できる結果を受け取ることが出来るようになります。


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新しい試みが上手く行かなかったからって過去に逃げ戻ってはいけません。大切なのは新しいステージの住人としてこの先、何を見つめどう進んで行くのかなんです

今までと同じような毎日を続けるよりも新しい生き方に賭けてみようと一念発起して次のステップに踏み出すまでは良かったんだけど、いざ進んで行くと思っていたのはかなり違う冴えない展開にがっかりとすることがあります。

「あーあ、こんなことなら何もしなかった方がよかったよ。元の生き方に戻れるものなら戻りたいよな」と弱音を吐くケースも珍しくありません。しかし今朝の気脈メッセージは、思い通りに行かずに弱音を吐く人たちに「あなたの選択と行動には何の誤りも無かったんだよ」と語っています。

本格的に新しい生き方を始める為には、今までの生き方に終止符を打たねばなりません。ただしその先どうなるのかは人それぞれ。例え思い通りに行かなかったとしても、今まで続けてきた生き方を切り離し新しいステージに身を置く決断をしたのは、本人に与えられた人生プログラムの中の大切な一つなのです。

新しいスタートがいきなり順調に行くこともあるだろうけど、上手く行かない場合もあります。決断が間違っていたのではなく、もっと本人に相応しい異なる生き方や進み行くべき道がこの先他に見つかることを知らせてくれているのだと受け止めてはどうでしょう。

形の上だけ見たなら過去を切り離す決断は上手く行かなかった風に思えます。しかし、今までの生き方を手放す為の唯一の手段であったと考えるなら、きっぱりと過去を切り離す為に欠くことの出来ない大切な節目となったのです。

新しい試みが上手く行かなかったからって過去に逃げ戻ってはいけません。大切なのは新しいステージの住人としてこの先、何を見つめどう進んで行くのかなんです。


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「あーあ、私はこんな生き方をしていちゃダメなんだ!」と自分の人生を否定してはいけません。必要があって今があるんです。

壁一面を覆い尽くすくらいの大きなモニターに景色が映っていて、その下に一つの回転式のダイヤルがついています。そのダイヤルを回すことでモニターに映る景色を変えることが出来るように見えます。

人の手がそのダイヤルを掴んで回そうとするんですがスムーズに回らなくて、モニターに映し出される景色は全く何も変化することなくそのままです。ダイヤルを回す手は、それ以上回すことを諦めたのかダイヤルから手を放してしまいます。

この一連の光景が語っているのは、切り替えようとしても頑固なまでに切り替えることの出来ないものは、無理をせずもうしばらく様子を見たほうがいいというススメです。もっとストレートに表現するなら「変えることが出来ないなら、そのままでいいんだよ」ってことです。

例え話を書きましょうね。我が子が親の目から見たらあまりパッとしない方向に目を向け興味を抱き向かっていたとしましょう。「大丈夫なの?」「考え直したらどう?」「本当にそれでいいんだね?」などと声をかけることになるでしょう。それでも我が子の意志が変わらないのなら子供の意志を尊重し一歩下がって温かく見守る姿勢がベストなんです。

ギャンブルにはまってしまい、やめることが出来ない人がいるとしましょう。周りがいくらやめたほうがいいと進言してもやめないことが多いのです。本人だって止めた方がいいことを知ってるんです。でもやめることが出来ない自分がいる。

ここは、もう行くところまで行って思いっきり頭を打って耐え難いほどの痛い思いをして自分で「ああ、バカらしい。もうヤメたヤメめた」と心の底から思い知る必要があるのです。つまりこの人には、痛い思いをし自分でやめる決心をするという人生体験と学びがどうしても必要だったのです。

私たちだって同じです。日々の生き方を眺めてため息をつき「あーあ、私はこんな生き方をしていちゃダメなんだ!」と自分の人生を否定することがあります。「もっとこういう風に生きなければ」といった理想や思いがあってのことでしょうけど、それは自分自身に対する一方的な押し付けでしかない。必要があって今があるはずです。平凡に見える今から学ぶことは数えきれないほどありますよ。


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流れに終わりがあることを受け入れるべきです。元気に美しい花が咲くこともあるが、やがて成長を維持するエネルギーが燃え尽きれば空気が抜けたように下降消滅していくのです

パワーに満ちた力強い上昇の勢いも、いつかは力を失い下降していくことになります。一時的に、あー残念と思うのはいいけれど、いつまでもその事実を受け入れられずに執着の思いを向け続けていては苦しみだけが増幅しエネルギーが消耗し続け自分を傷つけることになります。

一つの流れが勢いよく上昇し美しい花を咲かせることはあるが、やがて成長を維持するエネルギーが燃え尽きれば空気が抜けたように下降し始め消滅していくのです。

しかし、あなたの人生は待ったなしでその先も続くことになる。「ごくろうさま」とねぎらいの言葉をかけたなら、クールにその対象から気持ちを切り離しましょう。気持ちを切り替え新しく上空へと伸び上がるエネルギーに目を向け、その上昇のパワーと流れを味方つけるべきです。

今朝、目の前に現れた複数のエネルギーの動きをわかりやすい言葉にしてみました。以上が今朝の気脈メッセージです。


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中途半端に「考えす過ぎるのはやめよう、思考を手放そう」という結論を出すのが間違いです。悟りを開いたお坊さんじゃないのだから、一般人の私たちがそんなことできなくて当然

人生はなかなか思い通りには行きません。「一体どうしたらいいのだろう?」と思い悩み立ち止まってしまうことも多いですね。もうあれこれ考え過ぎない方がいいとか、思い切って思考を手放さなきゃダメだと人から言われることもあるし、自分自身でもその通りだと感じているのですがなかなか上手く行きません。

もう考えすぎるのは止めにしようと思ったり言ったりするのは簡単だけど、行動に移すとなるとそう上手くは行かないのです。で、また再び「一体どうしたらいいのだろう?」と思い悩み立ち止まってしまうことになる。これではもうキリがありません。

中途半端な状態で「考え過ぎるのはやめよう」とか「思考を手放そう」という結論を出したのが間違いなのです。悟りを開いたお坊さんじゃないのだから、一般人の私たちがそんなことできなくて当然。

プロセスをぶっ飛ばして最終結論のゴールへ一気に到達しよういうのは虫が良すぎることに気付かねばなりません。

考え過ぎることを止められないのなら、逆転の発想!考えて考えて考え尽くすことです。そうです。考えることを止めるのではなく考えないでいることを止めてしまうんです。

しばらくは出来るだろうけど、時間が経過するとさすがにこれはしんどいです。もう考えることが辛くてバカらしくて心の底からうんざりする状態になります。これ以上考えることが、ただただ苦痛なだけで何のメリットももたららさないことを徹底して思い知ります。そうなった時が思考を手放し、思考から解放されることになるチャンス。

わかりにくかった人の為にたとえ話を書きましょう。悲しくて声を出して泣いている時、いくら「もう泣くのは止めよう」と思ったってあふれ出す涙は簡単には止まらない。それよりも泣いて泣いて徹底して泣き尽くすんです。もうこれ以上泣き続けることができないという限界を超えた時、人はもうどんなに泣きたくても泣けなくなるんです。

中途半端はダメなんですよ。もしもあなたの心が何かにしがみついたまま離れないなら、もう開き直って気が済むまで徹底的に全力でしがみつかせてあげることです。「もうイヤ!吐きそうー!今すぐ手放したいー!」という限界にたどり着けばウソのようにしがみつく衝動から解放されるのです。


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いつもとは違った場所に出かけてみること。いつもとは違う人たちと出会ってみること。いつもとは違う感動を味わってみること。そうした条件が停滞気味の人生の大きな転機になるのです

太陽の当たる場所に植物の種をまいて水をやるとやがて芽が出て実が実るという流れは一般的です。原因があって結果へと繋がる流れ。これは私たちの人生にも当てはまりますので、昔からよく「成果を得たいなら頑張って種まきをしなさい」と教わったのを思い出します。

しかし今朝の気脈メッセージは「元気に育ち大きくび上がるものに意識を向けよ」と語っています。種をまいて水をやっても実が実るとは限らない時代になりました。このメッセージは、種まきを否定するものであはりませんが、種さえまいておけば、いつかは芽が出てやがて実が実るだろうという甘い期待を捨てなさいと間接的に語っているのです。

種まきをするのもいいが、それよりも新しい環境の中で元気に芽を出し大きく育っていくものを見つけ、そこに意識を向けて駆け寄ってみること。そしてその元気な芽をさらに大きく育てる事に集中して力を注ぐことがより効果的だという意味です。

自分自身の能力の芽に視点を置き換えてみましょう。今毎日やっていることが自分に与えられた能力を活かす生き方だと言い切れるでしょうか。人生半ばにして突然新しい芽が出ると言う事例もあります。まさかと思うような思いがけない芽が急に元気に伸び出すって素敵なことだと思いませんか?

あなたが今何歳であっても遅くはありません。突然自分から新しい芽が元気な顔を出したならその芽を育て大きく伸ばし切ることに全力投球すべきなんです。

あなたの内側に眠ったままの未知の能力の芽を目覚めさせるには何らかのきっかけが大切です。植物の場合は太陽の光が当たって土に水が浸み込む環境みたいなものです。

自宅に引きこもってばかりいてはダメですよ。いつもとは違った場所に出かけてみること。いつもとは違う人と出会ってみること。いつもとは違う感動を味わってみること。そうした条件やハートを刺激するバイブレーションが新しい芽が発芽する為には極めて有効なのです。


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こんにちは、明日香天翔です。気脈診とは「気の脈を診る」という意味です。気は目に見えないエネルギーの総称、そして脈というのは繋がりや振動を意味します。

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気脈メッセージとは、天空や大地が発信するエネルギーのバイブレーションや私たちの頭上に存在する集合意識からダイレクトに発信される波動エネルギーや、そうした情報を受け取る為に受信モードになった時に脳裏に浮かび上がった映像の意味を明日香天翔がわかりやすく言葉にしたものです。

今朝の気脈メッセージは形の上ではその日の朝から24時間にスポットライトを当てて受け取ることの出来たメッセージです。

その日のメッセージはその日一日の為のものだという前提にしておりましたが、公開日より数日経ってから初めてメッセージを読んだ方にもぴったり当てはまったという事例が幾度となく起こっております。

ということで、今朝の気脈メッセージは、明日香天翔が今朝キャッチした最新メッセージであるという風にご理解下さい。もしメッセージの内容が読まれた方のハートに届いた場合は公開日に関係なく参考にしていただければ幸いです
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