明日香天翔の気脈診

気は脈打ち、自らその存在を知らしめるなり

2010年08月

お知らせ色々〜。

今日はジタバタと交渉ばかりしていて、ブログの更新をすっかり忘れていました。

まだ正式決定じゃないんだけど、11/7(日)に波動スポット天河神社ツアーが実現しそうです。先日ブログで実施しましたアンケート結果を拝見する限りでは複数の方が参加を希望されるご様子でしたので、思い切って新大阪発着で貸切バスをチャーターする話を旅行社を通して進めています。

それから、それから。今日はご報告がいっぱいあるのですよ。ずーっと以前より構想を練っていた気脈塾宿泊集中研修(二泊三日)が来年から始まる事が正式に決まりました。6名の少人数でのきめ細かな集中研修を行います。郊外の宿泊施設を拠点にスピリチュアルな研修と大自然のエネルギーに触れながらくつろぐという二つの目的を同時に満たすことが目的です。

それに先立ち予行演習ってわけじゃないのですが、検証を重ねたい為に年内に大阪で2つの宿泊研修を行います。11月には茨木市の山中にある竜王山荘にて6名の少人数宿泊研修(仮決定)、12月には大人気のリゾート施設「ロッジ舞洲」にまさかの6名の予約が取れたたのです。これはホントにラッキーでした。ご参加を希望される6名様には12月10日と11日はロッジ舞洲に連泊いただきます。費用のことを口にするのは気が進まないんだけど、ロッジ舞洲の滞在費はお一人一泊5000円程度と、とても安いです。

という訳で、まだ誰もお申し込みいただいていないのですが、早々と6名様の宿泊施設の準備(予約)が正式に整いました。近くには海遊館、ユニバーサルスタジオジャパンの最高のロケーション。一日目二日目は一つ屋根の下で寝食を共にし仲良くなった6人グループで研修と観光を楽しみ、三日目の午後は年内最終の第8回気脈塾に合流というクリスマススペシャルメニューが実現しました。宿泊するお部屋は女性ばかりの専用ルームを予約しておりますからどうぞご安心下さい。

お時間が許すなら12/18気脈塾終了後にに開催します気脈塾大忘年会にもぜひ参加下さい。詳細は追ってお知らせします。



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幸せな新年を迎える為に欠かせない年内の準備とは?

「一日の計は朝にあり一年の計は元旦にあり」と言うことわざがあります。1日の計画は早朝のうちに立て、1年の計は元旦に立てるべきである。物事は、最初が肝心であるというたとえです。

私たちは「よーし 今日こそは!」とか「今年こそは!!」と意を決してがんばります。競争世界で生き抜かねばならない人はなおさら重要な習慣。スタート時の意欲がその日やその年を大きく左右しますからね。

でも、それだけでは思ったように進まないことがあります。このテーマは長くなりそうだから端折って書きますが、未完のエネルギーを持ち越すからなんですよ。持ち越した荷が想像以上に重かったり、新しい導火線を湿らせてしまい火が点かなかったりなんてことが起こるんです。

昨日をスッキリ完了させて今朝を迎える。一年を完結させてフレッシュな新年を迎えるってスタイルはいかがでしょう。

完結と言ったって、だらだら時間をかけて難しいことをするわけじゃないんです。「ああ、そうだったのか。」とシンプルに気付き「よしこういう風に生きるようにしよう。」とハートのチャンネルをパチンと切り替えるだけ。なぜシンプルに気付くのって思いますか?

必要以上にヘビーに気付くと自己嫌悪に陥ったり罪意識を形成したりする為、後にズルズル尾を引きその処理に余分の時間がかかりすぎるからです。下手すりゃ一睡も出来ずに夜が明けたり、未完のまま翌年に突入してしまいますって。

実は昨日、12月18日に開催予定のワークショップの最終プランをまとめていたのです。構想には1ヶ月くらいかかっています。12月のワークショップと言えばIBOK JAPANの行事の一年の締めくくりにもなりますから責任重大。スピリチュアルな体験型のWSのスタイルで進めながら参加者のみなさんが一年の締めくくりと幸せな翌年を迎えることの出来る準備の両方が同時に完了することが出来るワークショップをと欲張りました。ハートに閃いた題名は「幸せな2011年を確実に手にするスピリチュアルセミナー(仮称)」です。

「一年の計は元旦にあり」まさしくその通りだと思います。でも幸せな2011年を確実に手にする為に12月中に一番大切な準備をしておきましょう。元旦はいつもみたいに朝からジタバタしないのです。笑顔で目覚め元旦の太陽から祝福を受ける。朝の空気を思いっきり吸って「私の新年」を祝うのです。

こんな記事を書きますとたいてい反論が来ます。自分さえ良ければいいのかとか自分だけを祝うなんてエゴじゃないかって。ノープロブレムの問題なし。もっとグローバルな視点に立ってください。本来私もあなたも数多くの人々も境界線など存在しない。すべては一体であり全体に繋がっているのですよ。私の新年を祝うことは生きとし生けるものすべてを祝うことと同じ。ですからまずは自分が祝福され幸せであることが何よりも大切なのです。



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たった1%の否定がが99%の肯定を押さえ込んでいる?

何かに挑戦する時が何度もあります。「物事に不可能は無い。私にも出来るはずだ」と前向きな姿勢で取り組む場面でも「私には出来ないかもしれないな」と思う気持ちが心のどこかにあります。そして結果を取り逃がす。これはどういうことなんでしょうね。もうあと一歩の所まで到達していたはずなのに。

世界中を見渡すと骨折した腕などを気の治療で治してしまうヒーラーが居ると聞き及びます。折れた骨が繋がる。「きっとそんな離れ業が出来るヒーラーもいるんだろう」と思うのですが、心のどこかでは「一旦折れた骨はそう簡単に元には戻らない」って否定してしまいます。

気脈診の本にも書いたのですが、20年ほど前、私は真夜中の瞑想中に、人は想像も出来ないことが出来るのだという事実を知りました。ストップをかけているのは自分自身だということも。

さっそく一つずつ制限を外していく作業に取り掛かりました。今まで出来なかったことも次々とその場で可能になりました。でも一瞬でも「まさか。」と自分を疑った項目については未だに未完。今も出来ないままなんです。

余談なんだけど、冷蔵庫で出来る四角い氷をお皿に乗せて一瞬で気化する方法みたいなのも映像を伴いすーっと降りてきたのです。本当ですよ。でも反射的に「そんなバカな」と否定が起こったし心の中では、既に色んなことが可能となりそれだけでもう十分満足していたこともあって「そんなしょうむないことは出来なくても良い」とも思ったのです。

気脈診のWSや気脈塾で「受け取る」とか「感じてみる」ということ、そしてその体感を出来るだけ思考を関与させないように言語化する練習をしています。この時も同様なんです。自分を100%信じきることが出来たときにはその場で不可能が可能となる。しかしたったの1%でも「無理だ」って思いが頭をかすめたならそこで止まってしまっておしまいとなります。

出来ないのは能力が無いからじゃない。たった1%の否定が邪魔しているだけってことも多いのです。たった1%が99%を押さえ込んでしまっているのですよ。でも考えようによっては、こういう状況も楽しいじゃないですか。1%を外すことで不可能が可能になるかもしれないわけでしょ?せっかくのチャンスを放棄するなんてもったいない。ぜひ一緒にがんばりましょう。



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生きた水は不思議いっぱい

今日は早起きをして奈良県まで恒例の水汲みに行きました。我が家では食事で摂取する水の全てをこの湧き水で賄います。一度に持ち帰るのは200〜300リットル。これだけあると1ヶ月はやっていけます。外泊が多い時などは2ヶ月ほど持つ時があります。

「そんなに置いて腐らないの?」ってよく聞かれます。もう10年以上、1〜2ヶ月放置した湧き水を気にせずそのまま使っていますが、濁ったり変質したことは一度もありません。そのまま加熱無しで飲んでも全く大丈夫。食中毒や胃腸病とも無縁です。

むしろ、この水を飲んでから1年ほどで女房の胃潰瘍が完治し、私の胸焼けや胃炎も治りました。科学的な根拠は何一つありませんし、ただの偶然なのかもしれないけど、この水とは相性はすこぶる良かったのでこれからも飲み続けようと思っています。

奈良県にはおいしい湧き水を汲めるところがいくつもあって、私が行くのはその中の一つです。もし複数の方が同時に現地に行って混雑すると既存の地元利用者に迷惑がかかることもあるので、残念ですがブログでは公開しません。

おいしくて自分にピッタリの湧き水がどこかにきっとあると思います。でも、本当に自分にとって良いものかどうかは少々飲んだ程度ではわかりません。身体の中の水分がほとんど全て入れ替わるくらいまで飲み続けてみないと分からないんです。それには自分で足を運び持ち帰り、徹底してその水だけを飲んで自分で試してみるしかない。

私の水へのこだわりは、神道系能力者のFさんに招かれ、高千穂のとある神社に行った頃に遡ります。神社の境内の木の根元から湧き上がる天然水。「まあ、この水を飲んでご覧なさい。」とグラスに入れて差し出された湧き水。一口飲み込むのだけど口の中でほとんど全部吸収されてしまって食道を通過し胃まで届かないといった感じの思いっきり不思議な体験。

心臓がバクバクと高鳴りました。この時「水は生きているんだ。」と確信しました。そして大阪に帰った後も、ぜひ再び「生きた水」を手に入れ飲んでみたいと探し続けることになります。奈良の玉置神社の水も飲みましたよ。これも素晴らしい。でも境内で自由に汲んで持ち帰ることの出来る水と、たまたま社務所でいただくことの出来たおいしい水は似ているのだけど水脈が全く違う別物なんです。

今思い起こしますと、私の40歳代は時間があれば各地を周り水を探していたような気がします。どれだけ車で走ったかわからない。無駄足もいっぱいありましたが、楽しい思い出もいっぱいです。



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幸せって何なのでしょう?

随分昔、人は朝起きて今日何かしなければならないことがあるというのが幸せでありそれが生きがいなんだと言う話を聞いたことがあります。若い頃、この話がピンと来ませんでした。燃えるものがある時は良いのだけど、そうでない時は面倒だななどと思うこともしばしば。忙しすぎる時などは、逆にすべてから開放されて何もせずボーっとしてみたいなどと思ったものでした。

でも歳を取って体も不自由になり、何もすることがなくなった時、誰からも必要とされなくなった時、思うのでしょうね。ああ、あの頃元気に毎日忙しく動き回っていた日々が幸せだったんだなって。がんばってしんどかった日もあるけど、人から感謝された時の爽快感は何物にも変え難い喜びだったなぁとも思うでしょう。

昨日、ラジオで興味深い話を聞きました。阪神淡路大震災の時、暴走族の青年達が大活躍したという話です。彼らはバイクを使って困った人たちの救援活動に積極的に参加した。力仕事に参加したり避難所で待ち受ける人たちに救援物資を届けたり。世話になった人々は彼らに感謝し声援を送ったそうです。今や彼らも家庭を持つ立派な社会人。阪神淡路大震災の救援活動を体験して人生が変わったという男性の談話が印象的でした。

「若い頃、ボクは自分たちは何の役にも立たない社会のゴミだと思っていた。生きていて何も楽しいことなんて無い。だから何度も死のうと思った。バイクでぶつかって死ねば本望だとも思った。しかし、阪神淡路大震災の時、被災者の人たちから『ありがとう』って感謝された。そして『気をつけてね。がんばってね。』って暖かい言葉もかけてもらえた。

これは生まれて初めての体験だったのです。うれしかった。この時に、自分はそれまでの生き方や考え方が間違っていたことに気付いたんです。人のために何かをしてこんなに熱く幸せな気持ちになれるなんて。今までの生き方が何もかも恥ずかしくなった。そしてその時から新しい人生が始まったのです。」

何年か前の話になりますが、ウチの娘も社会に適合できなくて引きこもりになっていた時期があります。学校を卒業して社会人になってからです。病院に通っても治らない。自分の部屋に閉じこもりほとんど食事も取らずに大変でした。今となれば、この時は苦しかったんだろうな。大変だったんだろうなって思います。やがて好きで書いていた漫画が日の目を見ることなり、それがきっかけとなり人との交流が始まり徐々に社会復帰の道が開けたという経緯があります。

1人ポツンと遮断され、人とのかかわりも無く、誰からも全く必要とされない日々。それでは生きるエネルギーが消滅してしまうんです。お年寄りだって周りが大事にしすぎて至れり尽くせりしすぎるのは良くないと思いますよ。

自分で決心して動かなきゃ何も起こらないんです。何かをきっかけに、一歩でいいから外の世界へ、そして人とのかかわりへと踏み出す勇気を持つこと。きっと新しい流れに乗ることが出来ますよ。



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見た目よりも鮮度が大切

最近、心理カウンセラーの方が話される30分程度のお話を聞きました。多くの人々がすでに何度か耳にして知っているような内容ばかりであり、それほど目新しさはありません。でもそのいたって普通の話が、私の胸を打ち涙が溢れるような反応を引き起こしました。なぜなんだろう。

ブログやツイッターを巡回しますと内容も充実し、光り輝く言葉に出会うことがあります。すごいなと感心するのだけど、なぜか心は冷めていてあまり反応しない。活字が消化不良のまま頭の中を通り過ぎていくだけで、何も残らず消えていくような感じがすることがある。集中力や読解力が足りないんだろうか。

答えは簡単。心理カウンセラーの言葉はご本人の生々しい体験談だったんです。ご本人が話の途中で感極まって、ほんの少し言葉が詰まる時には私の目にも涙が溢れた。そして話全体からとっても暖かい心を受け取ったのだと感じました。たまたま本やHPで目にした光り輝く言葉。素晴らしいことが書いてあるんだけど、美しくフォーマットされたただの情報に過ぎない場合もあります。

その差を無理やり何かに例えて言うなら、板前さんが目の前の水槽で泳いでいた魚を調理して作ってくれる新鮮な活造りと、賞味期限の切れた冷凍インスタント食品を電子レンジでチンの違いみたいな気がします。

最近心理カウンセラーの人から聞いたお話。もしも、それを私がそのままパーフェクトに丸暗記して人に話しても、私が話を聞いて受け取ったのと同じ感動を伝えることは出来ません。なぜなら、それはあくまで他人の体験であり私の体験じゃないからです。

聞いただけの情報はどこまで行っても聞いただけの情報に留まり、おいしい活け魚のお刺身にはなれない。例えどんなに上手に話したとしても、それは賞味期限切れのインスタント食品なのです。



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余韻のエネルギーは思ったよりも強力

お経やマントラや魔法のような言葉。お決まりの文句さえ唱えさえしたら必ずプラスの効果があると思いますか?私はそうとは限らないと思っています。むしろ逆の働きを招いてしまう事だってあります。ホ・オポノポノや慈悲の瞑想だって例外ではありません。私たちの想念の働きが如何に強力なのかを思い知ります。

ごめんなさい (って、なぜこのオレが謝らないといけない?)
許してください (悪いのはオレじゃねぇよ ムカつく)
ありがとう (少しもありがたくなんかねぇんだよ。)
愛しています (アホか。愛せるわけないだろ?)

カッコの中は言葉とは裏腹な心のつぶやきです。

1、「A課長」が幸せでありますように
(あんな腐った野郎が幸せになってたまるか!)
2、「A課長」が苦しみから解放されますように
(開放されなくていいよ。今すぐ地獄に落ちやがれ)

表面的に形だけ整えても発信した言葉の余韻に本音のエネルギーが尾を引きます。こうなると本音エネルギーが優勢となりますから、言葉のエネルギーを帳消しにするだけでなく、せっかくの試みが、ただのマイナスエネルギーの発信手段になってしまうのです。



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今、この瞬間に生まれ変わることによって輝く未来が実現するのです

慈悲の瞑想は今を悲観しつつ未来に願望を託すお祈りではなく、今この瞬間の宣言なのです。苦しみから解放された障りの無い状態の私(あなた)は今、幸せの広がりの中に居るという宣言。

未来を変えるのではなく、今、私(あなた)がこの瞬間に生まれ変わりここに居る姿が基になって必然的に未来が修正されることになるのです。

慈悲の瞑想スペシャル(最新版)
1、○○○が幸せでありますように
※ここであるイメージをします。
2、○○○が苦しみから解放されますように
※ここでも先ほどとは大きく異なるあるイメージをします。

リズミカルなイメージの切り替えにちょっとしたコツが必要ですが、基本的にはたった二つのフレーズを宣言するだけで完了。慈悲の瞑想を効果的に行える最新の練習法をいくつか準備しました。いくら頭でわかったつもりでもハートの部分でピンと来なければほとんど意味を成さないのです。実践あるのみ。

二つのフレーズで人生が変わる慈悲の瞑想スペシャル(最新版)は12月の東京でのワークショップ、9月の気脈塾のメニューに入っています。ぜひ1人でも多くの方に体験していただきたいと思っています。



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何が幸せなのかは自分次第

食糧危機に苦しむ国の人たちに海外から食料が届きます。どこの国の人だったか忘れたのですが、最初は支給された食料に感謝して喜んで食べているものの、支給されるのが日常となると次第に「こんなマズイの食えねぇよ。もっとおいしいものをよこせ。」といった文句を言うようになるという記事をインターネットで読んだことがあります。

残念なことだけど、これはあり得るでしょうね。私は自分の中にもそう言う要素があることを知っています。当たり前になってしまうと感謝する思いが徐々に希薄になり、やがてそれだけでは満足できなる「もっともっとシンドローム」。

私は日常贅沢な暮らしをしません。ウソじゃないですよ。我が家に遊びに来てくだされはすぐに分かります。「贅沢したくてもできないだけだろ?」って突っ込まないでくださいね。カッコつけてるんじゃなく自分の為なんです。

随分贅沢した時期もあったし贅沢しない今があり両方の体験があります。贅沢しないからといって少しもみじめに思っているわけでは無く、贅沢しない生活の中で自分の反応を観察して生きているのが面白いのです。どこで何を食べてもおいしい。小さなことにでも感謝できるし、些細なことに喜べる。人生色々ありましたが、今が一番いいかなって思っています。



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無理なく流れのままに

猛烈に何かを求めてしまう時ってあるでしょ?「これは我ながらいくらなんでも度を越えてるのじゃないかなぁ。コントロール機能がおかしくなってしまったのだろうか?意識してもう少し自重すべきなのか?」などと自分でも驚くくらいに。

不足しているとか今まで押さえていた反動という時もあるでしょうけど、ちゃんと満ちているはずなのに内側から溢れる要求は止まらない。

煩悩無量誓願断(ぼんのうむりょうせいがんだん)という有名なフレーズがあります。私たちのむさぼる思いには際限がないのだからそれをきっぱり断ち切る強い志を持ちましょうってことです。しかし私たちの全ての体験には意味があります。

貪る思いが発生し、貪る時期があって、貪り続けるも、やがて貪ることに飽き、貪る必要も無くなり、貪ることがバカらしくなり、ついには貪りが自分から落ちるという流れを身を持って体験するのがいけないなんてことはないはず。無秩序に何でもかんでも自由だとは言いませんが、せっかく生まれたんだからあらゆる場面を数多く体験したらよいのではありませんか。

表面的な体裁を整えるだけなら簡単なんです。親や社会からそう躾けられ生きてきましたからね。でもただ機械的に自分の要求や感情を押さえ込んでいるだけで、煩悩が消え去るわけじゃない。

自分が体験したわけじゃないのに、他者に対して「そんな体験するのは愚かしい」なんて受け売りの知識や思い込みだけで言う人がいるけど、体験して学びたい人もいるんだから余計なお世話なんです。

木に生った青い果物をあわてて布で隠したって手品みたいに消えてなくなりません。無理に引きちぎると枝まで折れてしまうでしょう。自然に任せれば次第に果物は熟し、何もかも忘れ去ったある日、自然に地面へとポトンと落ちます。落ちようと気張ったり踏ん張ったわけでもありません。すべては無理の無い自然の流れの中で成就するのです。  



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恋愛あれこれ

難しいことばっかり言ってないで、たまにはみなさんの身近に起こる恋愛について書いてみましょう。互いにひと目惚れをして交際が始まった二人。心は舞い上がってしまい、この相手だけは失いたくないと思う。同時に心の中には恐怖が発生するんです。「もし相手が私の嫌な面を知ったら嫌って去っていくかも・・・。」なんてね。ですからデートの時は二人とも自分の良いところだけを表に出してがんばるんです。時々こうした若いカップルを街で見かけますが、ほほえましい限りです。がんばれ〜って言いたくなる。

お付き合いが始まって何ヶ月かが経過した頃、いつまでも良い顔してるのは疲れてきますから、やがて互いに我が出てくるんですよ。隠してきたものも徐々に表に出始め、感情がぶつかり合い言い争いになることも。「えー!最低・・・。素敵な相手だと思っていたのに。なーんだ。ホントはこんな嫌なヤツだったのか。」なんて心は移ろうのです。

愛するというは表面的なものだけに止(とど)まることなく、清濁合わせて(長所も短所もひっくるめて)相手のすべてを全面的に受け入れると言う魂の表明。相手に嫌な面もあるけどそんなの別に構わない。これからもずっと愛し続けたいと思えたなら本物です。

様々な恋愛体験を経て年齢を重ねますと、人は表面的なものや一時的なものには簡単に心が動じなくなります。むしろ、それほど感動の無い出会いのほうが楽しい。お付き合いしていく中で、その人の内側からにじみ出る人間らしさや魅力に徐々に心が惹かれるってことが起こります。これは外れが少ないですよ。じっくりと大人の恋愛をしたい人にはお勧めですね。



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もっと自由でいいのですよ

私たちは今、ここにいてこの瞬間にすべてが満ちている。もし常にそう感じることが出来たならとても素敵です。でも生きていく中では、色んな摩擦や心労も発生するだろうし体調の悪い日もあるでしょう。周りの人がそう言うからといって無理やり「私は今ここに居て身も心も満ちていなければダメなんだ」みたいに自己暗示かけて生きるのも窮屈なんですよ。

講演会で偉い先生がもっともらしい事を言ったからと言って、全ての人に100当てはまるなんてことはありません。もっと自分に正直に振舞ってもよいのではありませんか。ここに居ることに飽きたなら山の上に登ぼっても良いし、1年後、3年後の自分の未来を想像してワクワクしたって構わないのです。山の上に登れば景色も良いわけだし、適度に心に夢を抱くことは人生の潤滑油となります。

山に登るのは現実からの逃避?まだ来ぬ未来を想像してワクワクするのは今を否定すること?常にそんなことばかり気にしていたら快適に生きていけませんって。模範的な自分を生き抜くことが生きる目的ではないはずですよ。

あるTVドラマの主人公が言っていました。「人は生きていく中で心の痛みを感じ、それぞれがその痛みを癒す方法を知っていて実行しているんだと思う。(中略)一番してはならないのは自分の心の痛みを無視することだよ。」なるほどなと思いました。自分の心の悲鳴に気付いていなきゃね。そしてもっと胸を張って自分を大切に生きればよいのです。



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気脈診とは




気脈診とは「気の脈を診る」という意味です。気は目に見えないエネルギーの総称、そして脈というのは繋がりや振動を意味します。

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明日香天翔がキャッチした最新の気脈診週間メッセージや重要なキーワードの情報を週末にIBOKメルマガにてお知らせすることになりました。

気脈メッセージとは、天空や大地が発信するエネルギーのバイブレーションや私たちの頭上に存在する集合意識からダイレクトに発信される波動エネルギーや、そうした情報を受け取る為に受信モードになった時に脳裏に浮かび上がった映像の意味を明日香天翔がわかりやすく言葉にしたものです。

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■第3回アリゾナパワースポットツアー開催が決定
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今年の12月にアリゾナのセドナやベルロック、ボイトンキャニオン、オーククリークキャニオン、スパイダーロックなどのスケールの大きなパワースポットを1週間かけて周遊するツアーが開催されます。

何度も渡航し現地の隅々まで詳しく知るIBOKの伊藤さんにアメリカ人も知らない素敵なスポットへ案内してもらえます。

それぞれのパワースポットではエネルギーの解析やツアー参加者一人ずつに語りかけられている大地からのパーソナルメッセージをその場で書きあげるエネルギースケッチを添えてお伝え致します。

現地ではツアー中に便利に使えるエネルギーワークや大自然からメッセージをキャッチする方法、自己浄化法などをお伝えしたいと思っています。

ツアーは12月2日から1週間です。是非ご一緒しましょう。お申し込みは → こちら
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