明日香天翔の気脈診

気は脈打ち、自らその存在を知らしめるなり

2009年08月

どうしてなのだろう?

ワクワクして笑顔で生きている時は体調もよいし、食事も美味しいです。身の周りに起こった小さなことにも素直に喜べるし、人の何気ない心遣いにもジーンと来て感謝が出来ます。そしてたいていそうした快適な流れはその後も継続します。

心が重く苦悩に顔をゆがめて生きている時は体調も悪いし、食事も不味いです。身の周りに起こった小さなことなんて面倒なだけでホントにもうどうでもよいですし、せっかくの人の好意に対しても、イライラしてしまってうるさいなとムカつきます。そしてたいていそうした不快な流れは自動的にバージョンアップしながらその後も継続します。

「笑うかどには福来たる」「泣き面に蜂」とはよく言ったものです。ことわざって短い言葉で核心を突いていますね。そして「出来ることならワクワクしていつも笑顔で生きたいものだ。」とだれもが心から願っているはずなのですが、気がつくと苦悩に顔をゆがめて生きているのです。これは何故なのでしょうね。


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1つの自己体験が1000の理論に勝ります

気脈診のワークショップに参加したなら直ちに開眼開花することができるのかという意味の質問をよく受けます。満水状態のダムをダイナマイトで爆破して大量の水が溢れ出すような一気の変化が起これば手っ取り早いのですが、生身の肉体ではそれは困難であり1日では難しいとしか申し上げられません。

「何だ、つまらないなぁ。」と思われるかもしれませんが、気功や東洋医学の脈診が1日や2日の研修で全て何もかも身につきますか?それらの技を覚えた後も、たゆまぬ努力と経験が必要なはずです。そうした理屈と同じだとお考えください。次の日から開業することはまずできませんからお間違いなきよう宜しくお願いします。

ただし、気脈診のワークショップでは頭が痛くなるような難しい理論を聞いたり覚えたりをしません。簡単な説明の後、初日からいきなり実践ロールプレーイングを行います。「そんなので、本当に出来るの?」と思われるでしょう。東京では既に気脈診1,2,3のコースが終了していますが、何人かの方は私なんかより優れた潜在能力を持ち、いきなり深い洞察力と解析能力を発揮されました。

ワークが進むに従って会場の場のエネルギーが変わり、独特の環境が形成されます。そうした環境の中では、普段は否定していたり硬く閉ざしている心も柔軟になり開き始めるのです。そうなりますと、しめたものです。いつもならピンと来ない目に見えないエネルギーをはっきりと感じることが出来るし、その意味さえ判断できるのです。不思議ですね。一人で練習していてもなかなかうまく行きませんが、こうした環境の中に身を置くことで気付きの速度を一気に加速させることができます。

ワークショップでは「エネルギーが体感でわかった。」「体感したエネルギーに意味づけが出来た。」といった体験を参加者全員にしていただきます。これさえ出来たならもう100点なんですよ。自己体験は1000の難解な理論に勝ります。どうしてもうまく行かない方には、個別に体内の気詰まりを取り除く処置をし、潤滑にエネルギーを受け止めることが出来るようにその場で出来る限り協力しますのでご安心ください。ワークショップではあえて難しい理論の記憶はしません。記憶こそ命とばかりに火星人みたいな大頭になりますと知識や思い込みに依存し、目的を外してしまうからです。

気脈診のワークショップで手にするもの。それは針くらいのサイズの小さな堤防にあいた「穴」かもしれない。しかし、満ちた水はその穴から1滴ずつ溢れ出します。やがてちょろちょろと流れ出て穴は一段と広がり、最後には大量の水があふれ堤防は崩れ去り、自分のアンテナを遮る障害が無くなるのです。でもその為にはワークショップが終わってからもたゆまぬ努力を継続していただく必要があります。じゃないと、折角開いた小さな穴も再び閉じてしまいます。

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合掌

ミラー

ブッダが夕日を背に合掌しているところです。イタリア製のアンティークミラーに光を透過する絵具を使って毎日少しずつ描いていますがまだ完全には仕上がっていません。作品に仕上げていくには絵具を何度も根気よく塗り重ねていかなくてはなりません。出来上がると光が反射して色はきれいなのですが、なかなか乾かないのが難点で、ここまで仕上げるのにすでに1ヶ月くらいかかっています。

この絵が完成したら、聖水を部屋の四方に撒き、ロウソクに火を灯し、良い香りのお香を焚いて周囲を浄化します。パーリ語のお経をバックグラウンドで鳴らしながら瞑想とお祈りをします。アミターバ 完成まであと数日です。

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目を閉じると見える光の不思議

静かに目を閉じると、まぶたの裏や額の内側のあたりにはっきりとカラーの光や映像が見える人がいます。きっと右脳の発達した方なのでしょう。私は普段の瞑想の時に目を閉じても、たいてい真っ暗で何も見えません。何でもよいから見えたらよいのになどと思うと余計に見えないものですね。

そんな私も、10数年前、様々な条件が重なり自分の脳に変化が起きた時は様子が違いました。当時、色んなものが自分の中で音を立てて崩れ去り、あらゆる可能性を否定することが出来なくなっていたのです。ただ、そうした自分の変化に自分で驚きぼんやり見ていたような気がします。

そうしたある日の夜、眠くなって夜の10時には早々とベッドに潜り込んでいました。右半身を下にして横を向いて寝ていたのですが、眠りが深まったその時、後頭部全体が、舞台やスタジオでいきなり強いスポットライトを浴びたようにまぶしいのです。

寝る時には部屋の電気は全て消し、雨戸も部屋のドアもきっちり閉めていますから、完全に真っ暗の状態です。上の娘がこっそり入ってきて懐中電灯で頭を照らしていたずらをしているのではないかと思って飛び起きますが、部屋には誰もおらず辺りを見回しても真っ暗です。

「おかしいなぁ。きっと夢を見たのだ。」と思いながらも気を取り直してもう一度眠ろうとして目を閉じます。すると再び猛烈に後頭部がまぶしいのです。「まぶしい。」と思って反射的にさらに強くまぶたを閉じますが、すでに目を閉じているのですから何の意味もありません。「やっぱり、娘が後から光を照らしている。」と目を開けて振り向くと真っ暗なのです。この夜は、一体何度この繰り返しをしたことでしょう。疲れ果てていつの間にか深く眠ってしまいました。

朝になってよく考えてみますと、もし外部から光が当てられたにせよ、目は前を向いて付いているのですから後頭部がまぶしいなんてありえないのです。そして目を開けるとシーンとしていて真っ暗というのが妙に不気味でした。「おいおい ボケが始まったのか?」しかしこれは、次の夜から始まる驚愕体験の序章に過ぎなかったのです。

続きの話は余りにもハチャメチャなのでブログには書きません。でも、私にとっては紛れも無い事実ですし、決して内緒にしているわけではありません。もし興味のある方がいらっしゃったなら口頭でならいくらでもお話しします。セミナーの打ち上げ会などで出会ったときにでもお声かけ下さい。

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知りたかった答えは簡単な言葉の中にある

私は長い間、気や気脈について追求してきました。気と気脈ってどう違うのだろうと思われましたか?気は古くから使われてきた中国哲学の用語で、説明を書きますとうんざりするほどの長文になるから省略です。気脈は気の流れや繋がりのことを指します。

長年追求したなどと偉そうに書きましたが、文献や学説を徹底研究したのではなく、気や気脈という目に見えないエネルギーを直接自分の肌身で感じてみるという原始的な単純行為を飽きもせず延々とやってきたのです。

長らく同じことをやっていますと、最初は「ほー こんな感じなのか。なるほど、なるほど。」だったものが「待てよ。この振動はひょっとして何かを意味しているのではないだろうか?」と思い始めます。そして、それは次第に「こういう意味を表しているのではないだろうか。」という仮説へと変化し、やがて「きっと、こうに違いない。」といった信念みたいなものになります。

この気付きに数ヶ月とか数年とか場合によっては10年以上かかる場合があるのです。そして「何だ、そうだったのか。」と気付く内容は、そのほとんどが、子供の頃から既に知っていたことや、言葉にすると屁みたいなものばかりです。しかし、馬鹿らしいとは思いませんでした。発見があるたびに、そして謎が解き明かされるたびに何ともいえない感動があった為です。

なかなか理解するのが難しい難解な理論に価値があって、誰でも知っている簡単なことは無価値でしょうか?私は、むしろその逆だと思っています。私たちの魂の求めている答えやキーワードは、遠い宇宙の彼方にあるのではなく、身近な日常的な行為の中にあったり、子供の頃から慣れ親しんでいる簡単な言葉や言い回しの中にあるに違いないと確信しています。

例えば気脈カウンセリングの中で、「閉じているまぶたを開けば見えますよ。」「鼻をつまんでいる手を離せば匂いがわかりますよ。」「両耳を押さえつけている手を離せばもっと聞こえるようになりますよ。」みたいな簡単な意味のことをお話しすることがあります。

「そんなの言われなくてもわかってるよ。アホか。」と思う方もいらっしゃることでしょう。しかし「「閉じているまぶたを開く」「鼻をつまんでいる手を離す」「両耳を押さえつけている手を離す」という一番簡単な答えが思いつかず、「見えない」「匂わない」「聞こえない」と思い込んでいる場合が意外と多いのです。

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A子さんの悩み

ワクワクして生きるのは素晴らしいことです。「がんばろう。」などと思わなくても、勝手に身体は動くし、少々無理をしても疲れず、不思議と眠くならない。そして、普段面倒だと思っていることまでてきぱきと片付くのです。

嫌だなぁと思いながらしかめっ面して生きるのは効率の悪いことです。「がんばろう。」などと無理やり自分を励ましても、身体は鉛のように重く、少し動いただけで疲労し常に眠気が襲います。こうなれば趣味に打ち込むことさえ面倒くさくなってしまいます。

A子さんは数年前からこの傾向が特に強くなりました。意に沿わぬことに対しては身体が石ののごとく固まってしまい金縛りに遭ったように動かない。無理に行動したくないのですが、今まで育ててもらった親の期待には応えたいし、世間から怠け者だというレッテルを貼られるのも困る。しぶしぶ我が身に鞭打ち、心も体も重い日々を送っておられるご様子です。

A子さんがどう生きるべきかという意見は真っ二つに別れるでしょう。A子さんの価値観が何処にあるかが重要です。周りの人の目や世間体が一番大切なら今のまま生きるしかないかもしれない。しかし、自分を大切に生きたいのなら直ちに生き方の転換を行うべきでしょう。

もし私なら、自分の身体や魂が悲鳴をあげていることに気づいた時点で迷わず生き方を改めます。過去に悔いを残し、眉間にしわを寄せ不平不満や人の悪口を言い倒しながら生を終えたくない。もしそんな人生だったらがっかりでしょ?人生は一度っきり。「ああ面白かった。」と笑顔で回顧できるハッピーエンドを目指しませんか。

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浄化と癒し

浄化と癒し

タイの寺院で高僧が唱えるお経を録音した「浄化と癒し」のCDを製作しました。言語はパーリ語で収録時間は約30分です。パーリ語はお釈迦さまが2500年前に実際に話されていた言葉として広く知られています。普段耳にする日本のお経とは少し雰囲気が違いますが、とても滑らかで神秘的な抑揚があって心が安らぎます。実際に部屋の空気の振動も変化します。こういうのを言霊っていうのでしょうね。私は大好きです。

もしお好きなら大音量で聴いても良いのですが、聞こえるか聞こえないほどの小さな音量でバックグラウンドとして再生しますと、周りに気付かれることなくお部屋の空気が清涼感にあふれますのでお勧めです。リピートにして長時間聴いていても気にならないし、少しも疲れませんよ。機会があればぜひ一度お試しください。

このCDは希望者の方に無料で差し上げます。ただし、お目にかかった方に直接手渡し限定とさせていただきますのでご了承ください。外出時は必ず持ち歩くようにしますので、もしどこかで出会いましたなら遠慮なくお声かけください。30枚作りましたので、先着30名のみなさまには全員お渡しできます。

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夜更かし

若い頃、色んなビジネス系のセミナーに参加しました。3泊4日とか7泊8日などの宿泊研修というものです。楽しかったのは研修で知り合う仲間たちとの出会いです。同じ目的を持って全国から集まったメンバー。寝食を共にしますと、男女を問わず、もうずっと古くからの友人のように心が通じ合ったものです。

東京で開かれたセミナーで知り合ったKさん。毎日、講義が終わった後は滞在先のホテルのラウンジで徹底して飲み明かしました。「私は毎日、どんなに眠くなっても辛抱して夜中の2時半までは絶対に起きているんだ。」と語るKさん。「えー どうして? 私なんか9時か10時には疲れてバタンキューで熟睡だよ。」

Kさんが言うには、人生には決められた時間しかない。その大切な時間を睡眠で奪われるのが惜しくてたまらないので、次の日の朝がどんなに早くても、夜は無理をしてでも起きているとのことです。私は眠気には弱かったので、その気持は理解できませんでした。自分には到底マネが出来ないし、そんなことはしたくないとも思いました。

20年余りの歳月が経過した今、Kさんのことを時々思い出します。「いくら長い時間眠っても、朝、目が覚めたらそんなの一瞬じゃないですか。だったら私は少しでも遅くまで起きていたいんですよ。」と熱く語っていたKさんの姿がまぶたに浮かびます。Kさん元気にしているのかな?そしてもしもどこかで会えたなら報告したいことがあります。

「Kさん 俺もあんたに負けないくらいの夜更かし人間になったよ。明日の朝がどうなろうとクソ食らえだ。今になって、そしてこんなオヤジになって初めてあの時のあんたの気持が痛いほどよくわかる。あの時は笑ってごめんね。」

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変化や出会いを有効利用しましょう

多くの場合、同じ繰り返しの日々の中では私たちには同じ反応しか起こりません。惰性の中でいつもと変わらない当たり前の時が過ぎ去ってゆきます。スケジュールに追われたあわただしさの中で時間が過ぎていくこともあれば、やたら退屈で眠くて面倒だと感じる場合もあるでしょう。「こんな毎日じゃつまらない。」と心のどこかが訴えますが「まあ、いいか。」と、どうしてもすぐに変化できない自分が居ます。

同じ繰り返しの中では私たちには同じ反応しか起こりません。目の前が見えず、砂を噛むような日々を送っていた私は、ある日、神道系の能力者Fさんと出会いました。最初は「占いでもする人なのかな?」程度で、どういう人なのかを何も知りませんでしたし、相手に対して期待もしていないし、まさか自分が変化するなんてことは思っていませんでした。私にとってはFさんとの出会いだって同じ繰り返しの日々の一コマに過ぎませんでした。しかし、結果として、Fさんとの出会いが大きな引き金となって、突如同じ繰り返しの日々ではなくなってしまったのです。人生の歯車は猛烈なスピードで新たな動きへと回転し始めることになります。

出会いや変化は大切だと思います。同じ繰り返しから脱却するチャンスです。自分の中の目に見えないスイッチがONになればしめたものです。脳内モルヒネと呼ばれるホルモンが分泌され意識に変革がおきるのかもしれません。今まで眠っていた何かが自分の中で機能し始めるのでしょう。こうなりますと、気力は充実し、やり遂げようと言う思いが心に満ちてきます。あれほど重かった体が身軽に動けるようになるのです。

私は日々の暮らしがマンネリ化してきたなら、一旦全てを手放し、なにもかも忘れて郊外のエネルギースポットへと出かけます。大自然のエネルギーと交流するのです。懐かしい振動が身体を貫きます。新たな刺激が体中の細胞に浸透します。そして魂が洗われ充電されていくように感じます。

みなさんも、突然の変化や人との出会いをぜひ有効に利用してみてください。そして、時間を作ってエネルギーの良い郊外へ出かけ、積極的に大自然のエネルギーに触れてみてください。山や大地や小川、そしてそびえ立つ木々や小鳥たちがあなたに語りかけるでしょう。心を開いて耳を澄ませば、神々の声が聞こえてくるかもしれない。自分の振動が変化したなら、きっと身の周りにも変化が起こり始めるはずです。

有志の方々と一緒に、大自然のエネルギースポットを歩き、メッセージを受け取るといったツアーが開けたらと考えています。できれば気候の良い春や秋がよいですね。日帰りのハイキングでも良いし、遠方へ出かけるなら宿を取って1泊したほうが良いかもしれません。機会がありましたらぜひご一緒しましょう。

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両親との別れに立会い思ったこと

長患いの父の病は一向に改善せず病院のベッドで寝たきりになり、最後は気管切開をしての人工呼吸と何種類もの点滴という状態になりました。点滴が抜けないように、また、何かの拍子に人工呼吸の管が喉の差込口から外れないように家族の誰かが付き添わねばならず、母が24時間の泊り込み介護にずっと就いていました。入院が長期にわたったため、私も毎日出来る限りの応援をしましたが、自分の生活もありましたし続けて病院へ泊り込むことは来ません。病状は重く、回復の見込みは全くありませんでした。

私は父のことより看病する母の身体が心配でした。週に2度ほどしか身体を横にすることのできない出来ない母の疲労は大変なものだったはずですが、「私は元気だから大丈夫よ。」といつも明るく気丈に振舞っていました。そうした日々が長らく続いたある日、ついに父は帰らぬ人となりました。

既に予期していた父の死。父の魂は使い古してボロボロとなった不自由な身体から開放され旅立つことを決心したのだからこれでよかったのだと思うと同時に、何年もの間、身を粉にして介護を続けた母も役目を終え、ようやくこれで楽になれるのだと思ったのですが、何の何の・・・。

父の死をあれほどまでに嘆き悲しむことになる母の姿を全く想像できませんでした。「お父さん お父さん・・・。どうして、こんなに早く死んでしまったの・・・。」と身体を震わせて人目をはばからず泣き崩れる母。若い頃からどんなに辛くてもほとんど涙を見せない気丈だった母でした。その思いがけない光景は胸に突き刺さりました。どんな慰めにも心は動かず、母は、まるで弱々しい少女のような悲しい声をあげていつまでも泣き続けました。

月日が経っても母の悲しみは継続しました。亡くなった父を思い出すたびに涙を流し、まるで自分の身体を引き裂かれたかのような落胆振りでした。食欲も衰え、頬はこけ、背も丸くなり母の表情から笑顔は消え去りました。母にとって父の存在が如何に大きなものだったのか思い知りました。私には父が亡くなったことより、悲しむ母の姿を見ることのほうが10倍辛かった。人はここまで深い悲しみに落ち込むものなのかと初めて認識しました。

「私が死んで今度生まれ変わった時、またお父さんとどこかで会えるかしらか?」 「お父さんは空の向こうからこっちのこと、見てるのかなぁ?」 ある日、母は元気なく私に語りかけました。父の意識は常に母と共にあることと、来世でもきっと二人は出会うだろうといったことを伝えますと、うなずきながら少しだけホッとした表情になるのがわかります。母の悲しみがほんの少しでも軽くなるのなら、何でもしたいと心の底から思いました。そうした母も、父が亡くなって1年ほど後にあとを追うようにしてこの世を去ることになります。

短い期間に両親を亡くした私は心の中で手を合わせました。「どうぞこちらを振り返る事無く前を見つめ次のステージへ進んでください。」両親と共に生きた今までの時間は過ぎ去った過去です。この世での生を終え、既に肉体を離れた両親の魂に空から私たちを見守って欲しいなどとは全く思いません。この世のことはもうよいから自分のことだけを考えてもらいたいと願いました。増してや、いつまでもこの世に、そして自分たちのそばに魂のままでよいから留まっていて欲しいなどと言うのは論外です。この世を後にしたはずなのに、魂がいつまでもこの世に思いを残し留まり続けるとするなら、それは成仏ではなく自縛霊の世界ですよ。

すでに旅立ちを決心した魂は振りかえる事無く次のステージへ進むべきだというのが私の考えです。そして再び新たな肉体に宿り新しい生を歩むことになるのでしょう。この世を旅立った全ての魂の悩み苦しみが無くなりますように。この世を旅立った全ての魂が明るい未来に転生できますように。アミターバ


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執着は愛ではありません

小学校を卒業する児童に向って在校生や教師や職員たちが口をそろえて言いました。「おーい聞こえるかい? 中学校、そして高校へと進みたくないのだったら、ずっといつまでもこの小学校の片隅に居てもいいのだよ。私たちはそれでも全然大丈夫。もし中学校に進学しても、小学校に居る私たちのことをいつも大切に見守ることを約束しておくれ。そして小学校に頻繁に戻ってくることを優先してちょうだい。いいね、絶対だよ。こちらはいつでも大歓迎のウエルカム。先のことなどどうでもいいじゃないの。この世で一番大切なのは、何てったって私たちの居るこの小学校なんだから。それはわかってるよね?」

例えとして書きましたのでこんなことは現実にはまずありえませんが、心暖まる美しい話だと思いますか?とんでもありません。通常、児童は小学校を卒業し中学、高校へと順に進学するのです。人によってはその後、専門学校や大学を経て就職する場合もあるでしょう。そのそれぞれの過程で学び、経験を積み成長進化の道を歩みます。小学校に居る人たちが、卒業する児童との別れを惜しんで、いつまでも小学校に引き止めようとするのは愛ではなく、ただの執着です。

勘のよい人は私が何を言いたいのか、もうお分かりでしょう。そうです、人の魂が進み行く流れもこのプロセスと同じ。肉体を離れ、この世を後にした魂は小学校を卒業する児童の立場と同じです。肉体を離れた魂は、四柱の神々の働きによってきれいに浄化された後、次のステージへと進み順を追って進化発展を遂げるのが一般的な流れです。せっかく旅立ちを決意した魂の足をひっ捕まえて、いつまでもこの世に引きとどめようとしていませんか?それは愛ではありませんよ。執着の思いからは悩み苦しみしか生まれません。考え方を転換してみませんか?笑顔で次のステージへと見送って差し上げてください。それは旅立つ魂の為であり、あなたの為でもあるのです。


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価値観は人それぞれ

生きていく上で一番大切に思っているものは何でしょう?

Aさんは地位と名誉を得ることが大切だと思いました。

Bさんは修行をして自分を痛めつけることが大好きでした。

Cさんは富を得てお金持ちになることが一番大切だと思いました。

Dさんは素敵な人間関係を築くことが大切だと思いました。

Eさんは灰になるまでSEXとバイオレンスに胸をときめかしていたいと思いました。

Fさんは権力や時間に縛られず自由に過ごせることが大切だと思いました。

Gさんはいつまでも健康であることが一番大切だと思いました。

誰の意見が正しいのだろうと気になります。そんなの違うだろ?と反論したくなる意見もあるでしょう。私は若い頃、社会的な地位と経済力が大切だと考え、全力で追い求めた時期があります。そして目的にかなり近づいた時、慢心し全てを失ったばかりか、巨大な負債を背負ってしまいました。しかし、そうした体験を経た結果、自分の魂の求めていた人生はもっと違う価値観の中にあることに気づきます。

膨大な時間とエネルギーを失い喪失感と劣等感の中で落ち込みました。「いっそのいこと何もしなかったほうが良かったのではないか?」でも性格的には失敗を恐れ自分では何もしないで、人の失敗を指差して笑う人には絶対になりたくなかった。やがて、全ては必要があって起こっていることを知ります。前もって結果を想定して良し悪しを決め付けることにはそれほど意味は無く、動機→プロセス→結果と一連の流れを我が身で体験することに一番大切な価値があったのです。

「Aさんの価値観が正しい。」「Bさんは間違いだよ。」などという外野からの意見は余計なお世話です。私たちは、人の価値観や意見に従って生きるために生まれてきたのでは無いと思いますよ。人の人生ではなく、かけがえのない自分の人生であることを忘れてはなりません。どんなに曲がりくねっていても、失敗しても、どんくさくても良いのです。年齢を重ね自分の人生を振りかえった時、自分の思い通りに生きて来たのだと言う満足感に勝るものはないと考えています。

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気脈診とは




気脈診とは「気の脈を診る」という意味です。気は目に見えないエネルギーの総称、そして脈というのは繋がりや振動を意味します。

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